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東京高等裁判所 昭和34年(ネ)2158号 判決 1966年11月30日

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は、控訴人らの負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決中控訴人ら敗訴部分を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述並びに証拠の提出、援用及び認否は、被控訴代理人において、原審における甲第一二号証を同号証の一、二と訂正し、甲第二〇、二一号証を提出し、乙第八号証の一、二の成立、第一二号証の原本の存在及び成立、第九号証の一ないし四が本件現場の写真であることを認め、第一〇及び第一一号証の各一ないし三の成立は不知と述べ、控訴代理人において、本件土地の賃料相当額が被控訴人主張のとおりであることを認め、抗弁として、後記の如く附加、補足し、乙第八号証の一、二、第九号証の一ないし四(昭和三六年四月頃撮影の別紙目録記載(二)の建物の写真)、第一〇及び一一号証の各一ないし三、第一二号証(写)を提出し、当審証人結城武次の証言、当審における被控訴人及び控訴人石川順一各本人尋問(控訴人石川順一は第一、二回)の結果を援用し、甲第二〇、二一号証は公務員の作成部分のみ成立を認め、その余の部分の成立は不知と述べたほか、原判決の事実摘示と同一であるので、これを引用する。

(控訴人らが当審において附加、補足した主張)

一、別紙目録記載(一)の土地についての被控訴人のための所有権取得登記は、中間取得者三浦末吉を経由せずに元所有者結城武次から直接被控訴人に対する移転登記によりなされているが、右登記は、結城武次及び三浦末吉の同意なしになされたものであるので、無効であり、従つて、被控訴人は、右所有権取得を本件土地(同目録記載(一)の土地のうち別紙図面斜線をもつて表示した部分六三坪七合五勺)を含む二四四坪二合四勺の借地権者たる控訴人石川順一に対抗することはできない。

二、別紙目録記載(二)の建物(以下本件鉄骨建物という。)のうち本件土地上に存在する部分は奥行三六尺六寸間口二尺ないし二尺三寸約二坪二合であるが、右建物は、鉄骨造の堅固なものであるのと、西側側面の鉄骨柱はすべて本件土地上にある右部分にあるので、この部分を現状のまま収去することは不可能であるか又は非常に困難であり、収去により建物が倒壊するおそれがあり、その修復に莫大の費用を要するので、民法第二三四条第二項但し書の準用により、被控訴人としては、損害賠償の請求を以て満足するほかなく、右部分の収去を請求することはできないものというべきである。

三、かりにそうでないとしても、本件鉄骨建物のうち本件土地上に存在する部分は僅少にして、この部分の収去により被控訴人の得る利益は見るべきものがないのに比し、控訴人石川順一は、収去にともなう修復に莫大な費用を要するので、彼此の利益損害を比較すると、右部分の収去を求めるのは、信義則に反し、かつ権利の濫用であるといわねばならない。

理由

本件土地を含む別紙目録記載(一)の土地がもと結城武次の所有にして、その所有権が結城武次から三浦末吉に、三浦末吉から被控訴人に順次譲渡され、中間省略により、昭和二六年五月三〇日結城武次から被控訴人に直接所有権移転登記がなされたこと、本件鉄骨建物の一部及び同目録記載(三)の建物(以下本件木造という。)が本件土地上に存在すること及び木造建物が控訴人石川順一の所有であることは、当事者間に争がなく、成立に争のない甲第一号証によれば、本件鉄骨建物は控訴会社の所有であることが認められる。原審における検証の結果によれば、本件鉄骨建物のうち本件土地上に存在する部分は、南側間口二尺(軒先まで三尺三寸)北側間口二尺三寸(軒先まで三尺六寸)奥行三六尺六寸面積約二坪二合であることが認められ、控訴人両名が本件鉄骨建物及び本件木造建物を共同で占有していること及び控訴人石川順一が本件土地に被控訴人主張のトタン塀を設置してこれを所有していることは、当事者間に争がない。されば、控訴人石川順一は本件木造建物及び右トタン塀を所有し、本件鉄骨建物を占有することにより、又控訴会社は、本件鉄骨建物を所有し、本件木造建物を占有することにより、本件土地を占有していることが明らかである。

控訴人らは、被控訴人の本件土地所有権に基く本件土地明渡の請求に対し、右占有は被控訴人に対抗し得べきものであると種々抗争するので、以下この点について判断する。

原審証人石川とり、同結城ことの各証言、右各証言により成立の真正を認めうる乙第二号証の一ないし五、成立に争のない甲第一号証、甲第一八号証、原審及び当審における控訴人石川順一本人尋問の結果(原審は第一、二回、当審は第一回)によると、本件土地を含む別紙目録記載(一)の土地は、昭和二六年五月三〇日東京都墨田区亀沢町二丁目五番の三宅地二四四坪二合四勺から分割されたもので、控訴人石川順一は、戦前右宅地二四四坪二合四勺の北側約四五坪を賃借し、同地上に建物を所有していたが、該建物は昭和二〇年三月空襲により滅失したので、昭和二〇年九月あらためて所有者結城〓次郎から右宅地二四四坪二合四勺全部を建物所有の目的を以つて賃料一ケ月金二四五円の約で賃借し、昭和二一年二月一五日〓次郎の死亡により家督相続人結城武次が賃貸人の地位を承継したことが認められる。

控訴人らは、別紙目録記載(一)の土地についての被控訴人の所有権取得登記が無効であるので、被控訴人は、その所有権を右土地の借地権者である控訴人石川順一に対抗し得ないと主張するが、当審証人結城武次の証言により真正に成立したと認める甲第四号証の一、二によれば、結城武次は訴外三橋正夫、同菅沼七郎を代理人として、昭和二六年四月四日三浦末吉、代理人高橋由太郎との間に本件土地を含む前記宅地二四四坪二合五勺の売買契約を結んだものであるが、その際自己の代理人三橋らに土地分筆に必要な委任状及び登記用代理委任状を交付し、これらの登記手続をさせたことが認められるから、右登記が結城の意思に基かずになされたものと認めえないのは勿論であり、また右所有権取得登記が、中間取得者三浦末吉の同意なしになされたものであるとしても、右登記が実体的権利関係に合致するかぎり、それは三浦末吉の関係においてその効力が争われるべきといいうるにとどまり、右土地の権利変動に関与しない第三者である控訴人らに対する関係においては、被控訴人の所有権を公示するものとして右登記の効力を認めるのになんらの妨がないものと解すべきであるから、控訴人らの右主張は理由がない。控訴人らは、三浦末吉が結城武次から右宅地二四四坪二合四勺を買受けた際、控訴人石川順一の右借地権を承継することを約し、又三浦末吉が被控訴人に別紙目録記載(一)の土地を売渡した際、被控訴人が同様の約束をなしたと主張するが、このような事実を認める証拠はない。原審及び当審証人結城武次の証言(原審は第一、二回)前記甲第四号証の一、二によれば、結城武次は、昭和二六年一月三橋正夫及び菅沼七郎の両名に右宅地二四四坪二合四勺の売却を依頼するに当り、右両名に対し、右宅地には戦前控訴人石川順一ほか数名の借地人がおり、いずれも昭和二〇年三月空襲により罹災したので、売却に際してはそれら従前の借地人らとの関係が円満にいくよう特段の配慮を求め、その結果前記のように昭和二六年四月四日三浦末吉の代理人高橋由太郎との問に成立した売買の契約書にも結城武次が買主に従前の借地人らに右宅地を分筆譲渡されたい旨希望し、買主がこれを承諾した旨の一項が加えられたことが認められるが、買主たる三浦において控訴人石川順一の借地権を承継することを約した趣旨の文言はなく、さらに被控訴人が別紙目録記載(一)の土地を三浦末吉から買受けるに際し、控訴人石川順一の借地権を承継する旨を約したことについては、これを認める証拠は皆無である。かえつて、成立に争のない乙第四号証の一、原審及び当審における被控訴人(原審は第一、二回)並びに原審における控訴人石川順一(第二回)の各本人訊問の結果によれば、別紙目録記載(一)の土地は、戦前吉田某外数名の者がこれを分けて賃借し、被控訴人自身吉田の借地上にあつた同人所有の家屋を賃借中戦災に遇つたので、控訴人石川順一に対し罹災都市借地借家臨時処理法に基く借地権優先譲受権を有していたので、右土地買受に当り同控訴人の借地権承継を約するが如きことは、首肯しがたいことというべきである。

東京都においては、借地権ある土地の売買については、控訴人ら主張の如き借地権承継の慣習があるとのことについては、これを認める証拠はない。

なお、控訴人石川順一が昭和二〇年九月右宅地二四四坪二合四勺を賃借した後同地上に建築したという建物は、控訴人らの主張によれば、その所有権保存登記は、いずれも、被控訴人の別紙目録記載(一)の土地についての所有権取得登記の日である昭和二六年五月三〇日の後に為されているのであるから、右借地権が建物保護法による保護を受けられないことはいうまでもない。

本件鉄骨建物の一部収去を求めることは民法第二三四条第二項但し書の準用によりできない旨の控訴人らの主張について。民法第二三四条は建物が境界線を越える場合に関する規定でないが、右の場合に同条が準用されるとしても、後記のとおり控訴会社において係争中の本件土地上に右建物を建築し、被控訴人の右土地所有権を侵害した本件の場合には同条の準用を認むべきでないと解するから、控訴人らの右主張は、理由がない。

権利濫用の主張について。控訴人らは、被控訴人が別紙目録記載(一)の土地を買受けたのは控訴人らに対する土地明渡を主たる目的としたもので、権利濫用であると主張するので、以下に判断する。

成立に争のない甲第二、三号証、官署の作成部分の成立に争いがなくその余の部分も当裁判所が真正に成立したと認める同第二〇、二一号証、前記甲第四号証の一、二、原審証人結城武次の証言により真正に成立したと認める同第四号証の三、当審における控訴人石川順一の供述(第二回)により真正に成立したと認める乙第一〇、一一号証の各一ないし三、原審証人結城武次の証言(一部)並びに原審における被控訴人本人訊問の結果(第一、二回)を総合すれば、結城武次は、実弟の病気療養費等の捻出の必要上、昭和二六年初頃本件土地を含む二四四坪二合四勺の前記宅地を売却すべく、三橋正夫らを代理人として、控訴人順一にその買受方を要請するところがあつたが、値段が折合わず、契約成立に至らなかつたため、前記のとおり三浦末吉の代理人高橋由太郎との間に、代金五〇万円で売買契約を締結したが、三浦もこれを転売する意図であつたので、高橋が三浦の代理人として、結城武次の旧借地人に分譲したいとする希望に添い、本件土地の旧措地人毒島トキ、竹田常次、横田ふさ、夏目静子及び旧借地人吉田某の所有建物の借主であつた被控訴人らと本件土地の分譲方を交渉した結果右の旧借地人及び被控訴人ら相談の末被控訴人がこれを買受けることとなつたこと、右交渉の過程において被控訴人は高橋より結城武次作成名義の高橋由太郎宛昭和二六年四月三〇日付念書の私は石川順一氏の借地権約四〇坪(控訴人順一の旧借地部分に該当)以外は認めない旨の記載を示され、かつ本件土地には他人の借地権は存在しないとの言明を受けたので、これを信じ自ら使用する目的で昭和二六年五月一〇日三浦代理人高橋由太郎と本件土地の売買契約を締結したこと、当時本件土地の隣地(現在同所五番の三)に控訴人順一において別紙目録(二)記載の建物(当初建坪二二坪五合)が建築中であつたが、本件土地上には建物はなく、右建物はその後増築により建坪三〇坪となつたこと、別紙目録(三)記載の建物は昭和二八年九月頃の建築にかかるものであることが認められ、従つて被控訴人において控訴人順一が本件土地を含む二四四坪二合四勺の前記宅地の借地権を有することを知りながら、同人所有の右地上建物に保存登記のないのを奇貨とし、控訴人順一の借地権を消滅させる目的で本件土地を買受けたものとは認めがたい。以上の認定に反する原審証人結城武次の証言(第一、二回)及び原審における控訴人石川順一本人尋問の結果(第一、二回)は採用しない。もつとも、被控訴人をはじめ右二四四坪二合四勺の宅地の旧借地人、同地上の旧建物の借主ら七名の者が結城武次、控訴人順一及びその妻野口登利を相手取り東京地方裁判所に昭和二四年三月一五日付で罹災土地借地借家臨時処理法に基く賃借権設定並びに借地条件確定の申立をなしたことは当事者間に争がなく、成立に争のない乙第四号証の四によれば、被控訴人の本件土地買受当時右申立事件が係属中であつたことを明認しうるけれども、前記のとおり罹災建物が滅失した当時におけるその建物の借主として、該建物の敷地に借地権の設定を受けたと主張する控訴人順一に対し借地権の優先譲受権を有していた被控訴人が、右のような申立をしたとしても、そのこと自体を不法視するいわれがないばかりでなく、被控訴人が係争中の本件土地を買受けたことも、その買受の目的が控訴人ら主張のような不法な意図に出たものと認めることはできない。

又、鉄骨建物の本件土地侵入部分が僅少であるとはいえ、その収去により被控訴人の得る利益がとるに足りないものであるということはできず、右建物を建築したのが被控訴人の本件土地買受と同じ頃であり、侵入部分の収去により控訴会社が相当の出費を要することになつても、それは、同控訴人が係争中の本件土地上に右建物を建築し、その所有権を侵害した結果であるので、被控訴人の右収去請求を権利の濫用というのは当らない。

以上認定の事実によれば、被控訴人に対し、控訴人は、本件鉄骨建物のうち本件土地上にある部分より退去し、本件木造建物及び本件トタン塀を収去して本件土地を明渡し、控訴会社は、本件鉄骨建物のうち本件土地上にある部分を収去し、本件木造建物から退去して本件土地を明渡すとともに、被控訴人が本件土地を含む別紙目録記載(一)の土地につき所有権取得登記を経由した後である昭和二六年六月一日から右土地明渡まで賃料相当の損害金を本件土地不法占有に基く損害賠償として連帯して支払う義務があるというべく、右賃料相当額が被控訴人主張のとおりであることは当事者間に争がないので、控訴人らの本件控訴による不服申立は理由がなく、右控訴は棄却すべきである。

よつて、控訴費用の負担につき民事訴訟法第九五条、第九三条、第八九条を適用し、主文のとおり判決する。

別紙

目録

(一) 東京都墨田区亀沢町二丁目五番の五

一、宅地七四坪七合五勺

(二) 同所五番地の三

一、鉄骨造鉄板葺平家建工場兼店舗  一棟

建坪三〇坪

(三) 同所五番地の五

一、木造トタン葺平家建店舗  一棟

建坪八坪

<省略>

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